My Life ....My Happy♥!

ちょとした事の中にも喜びを見つけられる自分になりたいな。

父との命がけの戦いから3日が過ぎた・・・その後

父との命がけの乱闘から今日で3日がたったが、
未だに胸の苦しさはひかずねじ曲げられた腕は、
軽い荷物を持つ時でさえも痛みを感じるし、
右の中指は突き指したみたいに少し曲がっているしで、
かなりつよいいきどおりを感じて精神的にもこの世の終わりとさえ感じます。



もし私より細身で優しい性格の人だったら死んでいたなと思いました。



ただし私も相当な力でやり返したので、
父も私をこの世の悪党の中の悪党とでもいわんばかりに殴ってきた。



その様子を治部始終ぼう観していた母もどちらかをかばったり止めようともしなかった。



母が身た感じでは父は私にだいぶ手加減していると思ったというので、
あれほど命が危険だったのにと頭に来ていたら、
母は昔父が浮気をして汚れた下着を見つけ
て、
父に「なんなの?これは!」と詰め寄ったら、
何も答えずいきなり母の顔面を殴りつけたと昨日母から聞きました。



それを踏まえて考えても父は自分の間違いを力づくで隠そうとして、
平気で人を殴ったり怒鳴り飛ばしたり嘘に嘘を塗り固めて、
暴力で自分に逆らえないようにしてずっと生きて来たんだなと思いました。


なので私がケンカの際にギャンブルで退職金の4000万円をギャンブルでパーにした上、
私を出産する当日に浮気相手とアバンチュールしていた人を誰が尊敬するか!
尊敬してほしいのならそれ以上の人間になってみろ!」と言うと更に強く殴られ、
腕をねじ曲げてきたので私は筋肉がついていない父の腹を思いっきり2発殴り返した。


いくら親を馬鹿にするのもほどがあると言うが、
「馬鹿だから馬鹿って言っているんだよ!」と言い放つと、
それはそれはものすごい形相で私を殺しかねないくらいの力で殴ってきた。



これまでの描写はお互い座っての勝負でしたが、
あまりにも頭に来たので私は立ち上がって父の頭を2発殴り返した。


そこでやっと激闘は終了したが両親の常識では、
どんな事があっても親に暴力をふるうという行為は許されない行為だと、
今度は母も加わり私一人が頭が狂った非常識な女とまくしたてる。



今までどれだけ2日緒に自分がやりたいことや、
人生の大きな決断の際に希望と夢で膨らませてきた事を、
行動する前に才能がないとか夢が現実からかけ離れているとか、
あんたみたいな性格が悪い人は地獄に落ちるわと、
ののしるように何度も言われ続けてきたので、
今その溜まった怒りが爆発してしまったのは認めざるをえませんが・・・




たとえ警察に相談したとしても私も悪いと言われると思うと、
シェルターに入りたいと思っても入れなさそうな気がして・・・


今までとにかく口を利かないことが実を守る最善策と思って、
私はずっと実践ししてきたのですが話しかけられると応じてしまい、
話をしているうちに私がまさかそんなことで思えない事で、
両親が激怒をしたりわめき散らしたりしてくるのが何よりも恐ろしいです。



親友も面識がない人も私のブログを読んで逃げるしかないよとコメントしてくれました。




母なんか「せっかく生まれて来たのに頭が狂ってしまいかわいそうね」と、
さも自分こそ人格者であるかのように言い放つ。



毎日今日は良くても明日は命がないかも?と警戒しながら生きてきたけど、
まさかここまでひどい暴力を振るわれて憎まれる結果になるとは想像もしていなかった。



唯一の散歩も全身が痛むので何日もできず、
散歩ができたとしても自宅に戻るとケンカになる日々。




どう考えてもいつも人道から外れた事をした事を注意すると、
両親2人も逆上して私を責め立てる傾向が強い。



人として当然のことができなくてそれを注意すると逆ギレするの。


私と真逆の事をすることに躍起になっているとしか思えない。




時に父は道徳を全く理解しようともしないし親からも全く教育されずに、
ただただ父をほめちぎってほめちぎって育ててきたので、
学校の成績や有名企業かどうかや収入などでしか一人前の人として認めないので、
礼儀作法や哲学や宗教または慈善活動が大っ嫌いなので、
寄付やボランティア活動などの慈善活動を馬鹿にして鼻でくくってきた。




嘘をつくのも巧みで自分がしてきた悪業を戒めさせようものなら、
お前はうそばかり言ってとさもこちらが100%悪いかのように、
怒鳴りつけながら力づくで口出しできないようにしてくる。



あのケンカの後でで強く思ったのが、
こういう人が人間の暮らす世界には絶対いてはいけないと。



体外の場合知識を全く持ち合わせていなくても、
人からアイデアやアドバイスをもらうと
少しずつ狭い視野を広げていくものだけど、
父も母ももらったアドバイスをすべて否定しつくして、
狭すぎる視野を広げようと全く思わないので、
いう事を納得させることすらできず、
親のいう事を一切聞かないからと私の人間性を責め立ててる。



もしここを引っ越すとしても親には住所を絶対教えたくないし、
念のため親が捜索願いを出したとしても警察にお願いして、
事情により捜索願いを受理できないという処置をしてもらわないとと思っている。



あとはどのタイミングでここを脱出するのが1番安全なのかも、
警察の方で念密な計画を立てて行動しする事を考えないとすごく不安です。


何か月もいろいろ考えてきたけどいつも脱出をどのタイミングで、
どちらがどう対応してくるかで同じところでつまづくの。


お互い少しは歩み寄れたかなと思うと、
それを否定するかのように向こうからケンカを売るような事をする。


毎日考える事はとにかく一刻も早くここを安全に脱出できますように・・・

とうとう今日は命の危険を感じるほど父に暴力を振るわれたよ!

今日は夕食後の父とのいつもの会話から、
意見の食い違いによる口論から父の方が逆上して暴力を振るわれたので、
頭にきて私もやり返したら父は本気モードで殴り掛かってきたので、
我慢できなくなった私は命をかけて父を何発も殴り返した。


その途端にお互い命がけの戦いとなり、
自分はもしかしたら今日父に殺されるかもと?と思う前に、
私はこの男を1度自力で倒した事があるので、
今日はこの男に絶対負けるわけにはいかないし、
くだらない何の知性も感じない極悪人に私が負けるわけがないと強く思ったよ!



向こうは向こうで「親に向かって馬鹿とはなんだ‼」と怒鳴りながら、
私を命がけで何度も殴りかかってくるので、
「親がすべて正しいとは思っていないよ。
ただ馬鹿な親だとしてもいろいろな事を学ぶべき知識として、
少しずつ改善しようと思う親なら私が尊敬する部分が見えてくると思うけど、
父もそして母も親に対してこんな口の利き方をするのが悪って感じで、
母はただただぼう然目の前のさん情を眺めているだけで、
いつも父の方が正しいと言い張る母も父を守ろうともしなかった。



そして私はまくしたてた。


「生まれてからずっと〇〇数十年間どれだけ自分の可能性をつぶされてきたかと思うと、
今まで溜めてきたうっぷんが今日MAXで爆発して怒りも手伝って闘い方に現れたって感じ。



私が父に「だったら警察に相談しろ」と言ったら、
「お前が警察に相談しろ、お前が警察笑われるだけだ」と言うんだけど、
要するに自分が相談しても警察が味方になってくれる可能性がないと、
自分ではなんとなく感じてはいるんだろうけど、
それを感じ取られないために更に私をズタズタになるまで攻撃して、
結局は私にいつも言い負かされるので最後にいつも、
口癖のように誰のおかげで飯を食っているんだっ‼とまくし立ててくる。


だったら私なんか存在価値ないし私がいなければ、
毎月私に使う生活費分数万円は浮くでしょ?と言うんだけど、
父は「お父さんがいなかったら生きていけないんだぞ‼と怒鳴るんだけど、
だったら私は死んだ方がずっとマシだし、
お母さんとだけの方が幸せに行くでしょっ!て言ってしまう。



で結局母が一言とどめを刺すように言ってきた。


「あんた東京に5人のボーイフレンドがいるみたいだけど、
こんな狂った女だとわかったら誰だって逃げるわよ!」


「親とは逆でとっても魂がきれいな子なのっ!」



色々と悩んでいたのも父がこういうまともな人を、
軽べつして暴力でねじ伏せてまで自分が正しいと思わさせるところだ!



私に対してこうも暴力をふるって攻撃をしてくる事を考えると、
私を守ってきてくたすべての存在を命がけでつぶしてくるなと思うと、
思わず「ば~か!」と言ってしまうから父はまた私に暴力をふるってくるので、
私はまたしたくない戦いに応戦せざるを得ない。


要するに何を言われても抵抗をいっさいしないで、
そのはけ口として思ったことを素直に事細かにつづったブログに、
両親との悩みやこういう事でケンカしたという事のも厳禁という横暴。


でもブログを読んで共感したり心配してコメントをくれる人は、
友人だけではなく道行く通りすがりの人の中にもたくさんいる。



なのでこういう状況になってみて外で考えているうちに、
今の自分がどうすべきかの答えが見えてくる事が多いの。



ベンチに腰を下ろしたり芝生に寝転がって、
公園の草木を眺めながら問いかけると・・・
「〇〇した方がいいよ!」とか、
「うんやっぱりあそこはひどすぎだから逃げて!」と、
私か感じ取った答えと同じような答えが返ってくるの。


こういう魂と魂の会話ともとれる声を、
両親はすべて妄想と決めつけて、
「あんたは妄想がひどすぎて、
お父さんも今度暴力をふるったら精神病院行きだとか、
警察もひどい娘さんですね今度警察に連れてきなさいと、
何度も言うのよと言いながら一向に行動には移さず、
お前が警察(精神病院)に行けと両親に何度も追い込まれる。



お前がおかねを稼いでいるのなら多少の口答えは許すが、
全くの1文無しが偉そうにとまた攻撃される。



まぁこういう性格なのでたとえ私が1億円稼いだとしても、
その半分くらいは親に還すのが常識のある大人だと言い張るだろう。


でも私は常識にハマるのが何よりも苦痛なので、
結局親のいう事にとことん逆らうだけの一生にしかならない。



父との激闘の後は呼吸がハァ~ハァ~荒くなるし、
心臓がバッコンバッコンと激しく鳴り響くし、


全身がかつてない強い怒りと恐怖による震えが止まらないし、
全身から汗がだらだらと流れて歩くときもふらふらする。


1分立っているのも苦しいくらい呼吸が苦しくなり、
立とうとする時も強い脳震盪のようにめまいがして、
立ってもすぐに苦しくなってしばらく座らないと動けなくなる。



もう激闘から3時間くらいたつけどまだ呼吸も苦しくて、
すぐに呼吸が苦しくなっての繰り返し。




きっと明日には両親の強い意志によって、
精神病院か警察に強制的に連行されていき、
私が大切にしているルナのぬいぐるみごと、
私の大切な物すべてを処分することだろう。


そう思うのも無理はない。


引っ越し代は出さないし私の好きな物をすべて否定し続けてきたので、
一刻も早く私の物を目の届かないところに追いやりたいだろうと思うから・・・



まぁ私も短気を起こしやすいので、
「そんなに私が憎いのなら殺せばいいでしょ?」と言い放って、
自分から包丁を父の目の前に持って行ってしまったよよ。




これで2度目だけどいつ本当の殺し合いになるかわからない。




思えば私はこういう環境にいつもさらされてきたので、
そしていつも親にあんたはどこに行っても衝突するからと、
 さんざん言われ続けてきたのも災いして、
この世のすべての人が私の敵だとず~と信じていたっけ。



この世は男性が主役なのでなんでも男性優位にと考えない女性は、
国をはじめ地域・社会(会社・学校・宗教など)からものすごい圧力で弾圧され、
生きることは到底不可能になるので妥協に妥協を重ねて、
女性たちが持つ可能性をどれだけつぶす人生を選ばされてきた事か・・・



この女性が何世紀もの間苦しめられてきた常識にノーと言い続けてきた女性は、
歴史を見ていくととても多いのですが世界の常識をひっくり返すには、
その人の思想に賛同する人たちが何世紀もの時代を経て、
今では当然の権利と思う価値観を一つ一つ立て直してきて今があると思う。



ただ私は自分が苦痛と思ういくつもの常識を、
短期間でこれはおかしいでしょ!これは人の権利に反する行為でしょ?と、
言い放つものだから権力を持ったもろもろの愚人が、
さも自分はバカですとわざわざ自分から見せているのも知らずに、
さも我こそ世界一の偉人だと言わんばかりに命がけで正しい人を攻撃してくる。



それがあまりにも多いので私がどこに行っても、
攻撃の対象になるだけと言うのを両親は言いたかったのだと思う。



その証拠に今さっきトイレのために居間に行ったら母がいて、
「お父さんは?」としきりに聞くので、
私は「お父さんは相当落ち込んでいると思うから、
こういう日くらいはお母さんがお父さんと添い寝してあげれば?」と言うと、
はh画は「あんたがすればいいでしょ?、
お父さんごめんなさいと言って。」だとぉ~!


結局どちらが悪いと言うよりお父さんが怒るからあんたが折れろ」って感じ。



こういう激しいケンカを繰り広げた後、
他の人はどう対応したのだろうとよく考えるのだけど、
こういう時によく夢に出てくるのが熱い男のYOSHIKIと、
人柄が温厚な人柄だなと思うTOSHIだ。



もし私が父を倒した後ドアを思いっきりバタン‼☆とドアを叩きつけなら、
家を出たとしたらYOSHIKIのばあいは鉄のボールを父に投げつけて倒した後、
ドアを思いっきりバッタン‼☆と閉めて家出をするなと言う夢。


TOSHIは限界まで戦わないとしても、
思いっきりドアをバッタン☆‼と閉めて二度と戻ってこないと思う。



私はYOSHIKIよりは少し精神状態が長持ちtぽいかも。



今日の激闘のさ中でもしばらく座って、
父の攻撃に応戦していたから・・・


それにしても父の腕の力はものすごいものがあって、
自分が負けそうになるとすぐ手を出して攻撃してくるので、
私は逆に筋肉のない父の腹を思いっきりこぶしで何度も殴る。



それでも向こうが私を何度も殴ってくるので、
命の危険を感じた私は父の頭頂部を殴り返す。



今までこういうひどいことをしてきたやってきたというと、
そんなこと言っていないのに勝手にイメージを作って‼と、
今度は母も加わり罵倒してくる」こと数知らず。



「あんた専門学校にたくさん行って何を勉強してきたの!」と母は本気で言う。


「自分の好きと思う事を一生懸命にするようにとは教わったが、
親には絶対に服従しなさいとは習ったことがないよ‼」と私。


結局父は最後は「親に向かって‼」とにらみながら繰り返し言うだけ。


私を更に強く響く言葉で言い返すことができない!


言い返したとしても私が先に言った言葉を言うか、
私がじゃぁこうなるの?と言ったワードを、
こちに投げ還すだけの知識のなさだったり、
あまりのボキャ貧ぶりには軽bヴぇつするしかない。



父は読書家だと思ってきたけど、
どんなに程度の低い本を読んできたかが確実となった。



映画好きの父が毎日のように観る映画というと、
意味なくやたらと刀を振り回して次々と人を切るチャンバラ映画や、
悪か正義かとガンマン同士が銃をバンバンとち鳴らす、
包括時代の西部劇のどちらかでいつも女性は弱い立場。



俺がいなかったら何もできないと思わせる女性ばかりの演出に激怒する私。



こういう男性によって作られた理想の女性像が父の好みに違いない。



よって強い女は男に虐待されて、
場合によっては女性自らが命を落とす結果を招き、
男どもの女性に対する虐待はおろか男性が女性の命を奪うような事をしたとしても、
男性が罰せられることははまずないという世界が未だに残っている世界があると思うと、
余計に闘志がメラメラと燃えてくるというより、
この世をひっくり返さなくてはとも生きる気がしないなと思ったの。



この間たまたま母が観ていたテレビで、
イスラムの女性は未だに全身を黒づくめの衣服に身を包み、
夏なのに夫以外には肌を見せてはいけないという光景を見て悲しくなりました。



まさかここまでひどいけんかになるとは思っていなかったけど、
私を本当に愛してくれて深く理解してくれる人が、
ぜひうちに来てくれと誘ってこない限り、
私は毎日いつか父に殺されるかもと常に警戒しながら、
一生ここで死ぬまで生きることになると思うより先に私が死にたい。



でもいつも私を攻撃する人が多い反面、
いつも見守るようにそばにいてくれた男性は意外に多い。



しかもキラキラの瞳が印象的なイケメン



その様子を見て強く嫉妬する何百の女性が、
仕事をしながら私をにらみながら嫌がらせや、
心の中でものすごく憎んでいることくらい表情を見れば一目瞭然。



そう見破ると余計に嫌がらせを仕掛けてくる女の多いこと多い事。




別に私は男性に媚びを売ったり男性の前だけで甘えたりは、
死んでもしたくないタイプだけど中身が元気な男性並みなので、
男性の方も全く気を遣わずに接してくるのはよ~くわかっているよ。




趣味も子供のころからデジモノや、
ハード系のロックが大好きだったり、
母に連れられてよく当たる占い師の元で占ってもらったら、
「この子はとにかく気が強い、
娘と言うよりこの家の長男の役をするだろう。


結婚するのにふさわしい人はただ一人だけいる、
このひときわ輝いている星が君だ、
その上のひときわ大きな星の男性となら結婚できる。


おっ! よく見ると君のすぐ下に小さな星が5つもある。


どちらかというとこの5つの星の中の誰かと結婚した方がうまくいくだろう。


ただし俺とは合う。」



⚡???!‼⚡⚡



この時私はまだ16歳で占い師が74歳だよっ!撃沈と同時にこの世の終わりを感じたよ。



大富豪だったらまだしも占う部屋は臭いし、
人相も何となく気持ちが悪いし不潔感が漂っていたから死にたくなる。



よって結婚なんか無理にするもんじゃないなと固く誓う少女時代。



第一家以外には出歩くこともないし、
女友達と出かける時もちょっと泊まりに行こうと思う時も、
必ず母が「男なの?女なの?」と目を光らせて必ず聞いてくるし・・・



今でもが学会員の婦人部以外の人と会う時など・
「男なの?女なの?」と必ず聞いてくる。


東京の職場で気が合う男の子の話をすると、
「どうせああんたは遊ばれているのよっ!と金切り声でわめく母。



「でもその子たちには感謝することがたくさんあるよ」と言うと、
キッとにらみつけて逃げるように自分の部屋のドアをバッタンと閉めて部屋に入る。



もう今日は全身に激痛が走って辛いけど、
いつも片方だけに重い水を持って痛めていた右の足首は、
ケンカをした後にすっかり治っていたのにはびっくり!


全身を使って戦っていたのがいい刺激になって、
足首に負荷がかかって指圧みたいにひねることで良くなったのかなぁ。


当分歩くのも厳しそうとは思っていたけど、
思わぬ神様の知慧を授かったような気がするよ。


でも明日は家族との食事さえも親は私に食べさせたくないだろうな・・・



私の中で本当のお母さん見たいと思うのが中島みゆき!


お兄さんがジョン・ボンジョビだったり、
リッチー・サンボラとかYOSHIKIやTOSHIだったら、
どんなにか楽しい家庭だっただろうな?



お父さんはね・・・ブライアン・メイだったらいいな?


うちみたいにくだらない事で激怒しない賢さと余裕から来る優しさを感じるの!



今頃私はギターの名手+エアギターの天才になっていただろうに・・・


ああ惜しい事をしたなぁ・・・


ダンス教室の先生がMichael・Jackson!だったらいいな・・・・



youtubeを観ていて全く真似ができないとは思わないし・・・


そこそこMichaelっぽいダンスはできるなとは思っているよ。



とにかくいろんなダンスをしてみて、
筋肉の動きを意識してやればいいじゃん!



今度いつブログを更新できるかわからないけど、
ブログがあったから世界中の人たちとつながる事ができたんだなと思うと、
どれだけ自分の世界が広がっていったかを感じずにはいられない。



視野が極端に狭く人から学ぶことを拒否する両親には、
到底理解不能な世界だと思うしこれを身体的暴力と、
言葉の暴力で私を攻撃することが生きがいかのようにする両親を、
私はますます心の底から軽蔑するのを繰り返すだけ。



後はこの両親の末路は仏様だけが決める権利があるので、
「何も恐れる事はないぞ!」と私に言い聞かせて今日も1日が終わった。



,毎日今度こそ本当に命の危険がと思う毎日だけど、
よくまぁ今まで無事で生きて来られたなぁと、
自分が気が付かない運の強さには驚いてしまう。




あまりにも苦労が多いのでかえって苦労しているのが自分らしいのか?と、
自分の求めていた使命はこれだったのか?と、
何度も自問自答してはもがいたり、
自分がこの先幸せになしている姿さえ想像できないというより、
想像することが辛くて辛くてたまらないくらい、
自分が苦しんでいる姿に慣れきってしまったよ。



でもあまりにも苦しい戦いを長い事させられてきたので、
そろそろ楽になりたいなと思っていたら、
最後の最後で両親との戦いに挑まされるとは、
私自身は全く望んでいなかったのにと思うと悔しくもあるが、
こういう人がこの世に絶対にいてはいけないなと、
強く願う気持ちはますます強くなり、
命の底から人として生きることの大切さと難しさを痛感させられた。



父と母だったからうまくいったんだろうけど、
私は死んでもこんな悪魔のいう事を聞く気はさらさらない。


両親には「私を従わせたいのなら、
私が尊敬できるようなそれ以上の人間になれ!」と言うんだけど、
常識と思う事が真逆なので暴力でしかかえせない。



とうとう父の方から「今すぐ出ていけっ‼」と、
それはそれはものすごいけんまくでまくしたててきた。


そうは」言っても痛めた足首をもう少し休めたいので、
大きな荷物を持って逃げることは避けたいが、
暴力を振るわれた女性をかくまう施設には入れるかもだけど、
自分もかなり強くやり返したのでかくまってくれるかわからない。



逆に両親が警察に行ってか弱い年寄りの姿を演じて、
私が警察に逮捕される方向で動かそうとするだろう。



う~ん今日くらいは居間で両親の食事と同じものを食べない方がいいのかも・・・?ね?



この続きは神のみぞ知る。


ふと思い出したガンジーもただ仏教を広めたいだけなのに、
度重なる権力者や彼に強く反発する市民から、
命を落としかねない弾圧による弾圧を何度も加えられた生涯だったってけ。


こういう時ガンジーはどうしたのだろう?


だって彼は決して暴力を振るわないという、
強い信念を持っていたからだ。


私は暴力を振るわれたら暴力でやり返すタイプだからなぁ・・・



まぁそう簡単にすぐ暴力を振るわないタイプだけど、
人を人として見ない横暴な人間とは、
命をかけて戦う性格なので私が死んだら正義が死ぬと思っているよ。


第一人を面白がって陥れえることに快感を感じる人は、
たとえ相手が皇族でも本気で戦うと思う。



絶対王政の時代に生きていたら即処刑されていると思う。



豪華な生活を繰り広げていたマリーアントワネットも、
大勢の市民による強い反発を買い処刑された。



でもマリーアントワネットがいたからこそ、
フランス料理やスイーツが発展したのだと聞くと、
歴史を変えた重要な役割を担っていたんだなと思うと、
可哀そうだなと思う部分もあってまさに「悲劇の王妃」という言葉がぴったりだと思う。

ハァ~今日の気温は36.9℃!スコールでも降ってほしいっ!

今日も猛暑の記録を更新中で36.9℃を記録した静岡市!


ニュースでは熱中症で病院に運ばれたという人のニュースが飛び交う1日。



とにかく1日中涼しい部屋で過ごすしかない。



茨城県などでは洪水のような雨で熱さとのダブルパンチで大変なことになっていた。



それを見るとスコールが降ってほしいと思うことができなくなったよ。




一番t辛いのは涼しい午前中の時間を楽しめない事。



もう深夜でも25℃以上の火が続いているし、
午前9時には30℃に達しているのでかなり危険でしょうね。



もう居間で食事をするのも苦しいので、
自分の部屋に避難しながら食事をとる日も多くなってきたよ。



居間での飲み物は熱いお茶か水くらいなので、
私は自分の部屋のミニ冷蔵庫に水をたくさん冷やして飲んでいるよ。



あとはクールマットを冷やして枕にして寝るよ。



それでも両親の方はこういう類のものは一切使わずに、
扇風機だけで過ごしているよ。


送風機でも買えばだいぶ違うと思うけど、
父がお財布を握っている以上できそうもない。



唯一快適な私の部屋だけど1回だけはhじゃが熱さから逃げてきたけど、
クーラーを付けっぱなしの母の部屋をチェックしては、
クーラーを付けっぱなしにしてと怒鳴りつけるので、
私の部屋に避難することができなくなったみたい・・・


さすがに外出をするときはしっかりと消す必要があるけど、
あの部屋この部屋と行き来する時にまで、
クーラーを消すことはしないよね?


料理の時や観たいテレビを観るときにクーラーをいちいち消すのもね・・・




ただ母は夜寝る時に居間の暖房やストーブを付けっぱなしで、
自分の部屋に行って寝てしまうので毎日誰かが起きた時に慌てて消す羽目になる。



そう考えると父が激怒するのもわかる気もするが・・・




さて咳も頻尿も昨日くらいから更にひどくなり、
下着を2回も着替える事になって身体がかなり緊張モードに突入したなと、
焦りを感じずにはいられないけどたいていの場合父が居間に降りてきた途端にこうなる。



それでも度重なる家出が今になって、
いい経験と知識を重ねるきっかけになり、
意外と意味がある事だったんだなと自分でも驚く毎日です。



今はそういう事がなかなかできずにいるけど、
結局はいつも私は知らず知らずに危機から守られてきたんだなと思うと、
生きなきゃというより生かされてきたんだなと思うの。


口癖が死にたい死にたいなのでよけいにそう思うの。


みんなありがとう!
<

猛暑なのでお出かけ禁止令発令中!お楽しみはシソの収穫!

なんとかここ数日は両親とのけんかはなかったけど、
クーラーがない居間にはとてもいられないので、
食事・トイレ・入浴以外は逃げるように自分の部屋にこもりっきり。



もうものすごい暑さなので天然水をくみに行くのもできない。



もう1日中25℃を切らないのでとにかくしんどい。



まぁ行っても毎日畑に大量のシソを採りに行く程度。



私はとにかくシソを大量に食べたい方なので、
シソはいくらあってもありがたい。



母の友達がどんどんシソを採ってと言ってくていたのでありがたいよ。



お肉に巻いて食べたりポテトフライと一緒に食べたり、
おにぎりに巻いて食べてもとってもおいしいの!



涼しかったらクーらが効いた図書館で好きな事をしたいとも思ったけど、
涼しい時間帯が全くないのでほぼ絶望的。



時々涼しい夕方に庭に出てみると風がとても涼しくて、
つかの間の幸せ&外出でハッピーな気分になるの。



日本全国どこに行っても30℃以上の猛暑から逃れるのは難しいけど、
ここ静岡県の御殿場なら30℃は超えない日が多いので、
ここで宿をとってしばらく過ごしたいなと思うんだけどお金がない。


夜なんか20℃くらいなのでクーラーなしで熟睡できそう!



遊ぶところもいろいろあるのでのんびりと秋まで過ごしたいよ。






もできない。

もうっ!今日は父にかなりキツイ事を何度も言われて大げんか!

今日は父が「お前は退院後どんどん太ってきたから、
食べるのを控えなさいと言われた。
その証拠に精神病院を退院して以来、
どんどん太ってきている。
このままじゃ俺が介護しなきゃならん。
トイレも1日何度も言っているから、
食べ過ぎで身体が追い付かないから、
食べたらすぐに便が出るんだっ!」と怒る父。


私「家の環境があまりにも地獄なので、
精神的な強いストレスで頻尿にはなったけど、
排便は多くて3回だけど尿は1日20回は出ているから、
絶対精神的なストレスで頻尿が治らないんだと言うと、
じゃあ病院に行けと言うんだけど、
薬の強い副作用で医師の処方通り薬を7日飲んでみたら、
だんだんと呼吸困難と心臓が引き裂かれるような痛みが強くなっつた事を、
なんとも思わないのが狂っているんだよ!」と言ったら、
「病院に行って薬を飲まないからおかしくなるんだ!」の一点張り。


痩せろの話から私が精神異常者だという話に発展にすり替わっていた。



なんかおかしいなと思ったけど、
やたらと痩せろ痩せろと言うのは絶対に、
私を何かとねじ伏せたり倒したりできるようにしたかったんだなと確信。



今までけんかもなくおとなしく済んでいたけど、
今までの傾向を追って考えるといつかこうなるなと知りつつ、
もしかしたら少し歩み寄る気になったかなと思うくらい、
昨日まで穏やかに会話もできていたので、
この急展開には大ショックだったけど、
結局歩み寄れたかも?と思うたびに大きな戦闘になるので、
少しづつでも自分は成長するタイプと同じに考えると、
知らずしらずに悪魔の絶妙な感覚にだまされてしまう傾向に。


死んでも自分を変えたくないと言うのがめちゃくちゃ強い両親なので、
100年後1000年後も全く変わることがないなこの2人はと思うしかない。


どうりで母の事で相談しても全く返答がないと思ったよ。


要するに母は父の都合のいいように動いてくれるけど、
私はほとんどの場合抵抗して従わないし、
体力でも負けるので倒されるのを回避するために、
私に執ように痩せろ痩せろと言ってくるんだなと・・・


野菜はたくさん食べても全く怒らなけど、
お肉をたくさん食べると母も父も軽べつした視線で怒る。



とはいうけど昔は着れていたけど、
静岡にもどってから激太りしてず~と着れなかった服が、
激やせした退院後だいぶ着れるようになていたけど、
それ以来太って着れなくなった服は今のところないし、
太っていた時に履いていたズボンをはくとブカブカだし・・・


あと5キロくらいやせれば東京で買いまくった、
このかわいい服もかっこいい服も着れるなと判断。



ちょっと露出がある服を着ると母が、
「ぶよぶよの体でよくもこんな・・・」と軽蔑した視線が呪ってくる。


要するに父も母も自分が世界一と思いたいんだけど、
世界で1番軽蔑すべき私がやってのけるのが悔しくて、
わざわざ私がいいと思う事を命がけで否定しているって感じ・・・かな?


その証拠に母は40年霊友会命で生きて生きたけど、
人に歩み寄ることが嫌いでめんどくさいのか、
友達にやたら高価な物をあげたり、
お昼を待つ家族をよそに電話がかかってくると、
コンロの火も止めずに電話口にすっ飛んでいく。


友達も友達で時間かまわず電話やおしゃべりをしに来る。


電話が毎回2時間くらいになっても母から電話を切ることができない。


今では私と父がお昼を食べられるのを、
今か今かとず~と待っているのにも関わらずだよツ‼


お昼を食べるのが午後2時を過ぎることもザラでね。



まぁ要するに言い方は悪いけど両親は人としては生きていられないから、
かえって地獄の方が快適なのでは?と思うくらい、
しょっちゅう人として恥ずかしくないの?という事で大げんかになる。


こういう時に両親を守ったり私に説教じみた事をいう仲間や、
霊友会の親しい人の声が入ってくることはまずないけど、
私が危険にさらされている時いつも私を守る声は常にしている?


この声が聞こえなかったら私は生きるのをとっくにやめていたと思う。



今はそういう私にこうしたら?それはやめたほうがいい、
もし君と同じ立場だったらぶん殴るよ!という声も、
わりかし色々な人もこう思うのが当然だと判断している。



これを両親は精神分裂症とか気ちがいだからと言ってくる!




何かと権力のある警察とか病院とかがこうい言ったと言い張るけど、
私を警察や病院に連れて行って相談はしないし、
病院がそう言ったとしも両親に危機を感じて自宅を訪れる事すらしないし・・・


私も前に近くの草薙警察署に相談に行ったことがあるけど、
女性を暴力から守る施設はあるけど精神的な暴力は対象外ですと言われて、
なくなく自宅に住み続けるしかなかった。」



相談できる人か誰かいませんかと言われて思いついたのが、
わりかし正しいことを言っているなと思った弟だったけど、
手紙で必死に救いを求める長文の手紙を書いても、
一向に返事は全くくれないしその前にもFace1bookのメッセージを送っても、
全く返信はないし東京に2回ほどたまたま用事があって、
帰りに弟の務めるホテル・新宿に直接音連れてフロントの女性に聞いたら、
2回とも本日は休みですと言われて帰ることにしたんだけど、
用事がある場所と正反対の方向へ電車を乗り継いで出向いたのにと思うと撃沈。



なにかと自分が恥をかくのを迷惑がる人なので、
仕事もうまくつけず精神的にもおかしい姉を、
人に知りたくないと思う傾向が強いというのはある。



一緒にライブによく行ったけど、
周りが拍手をしたら遅れて拍手をするんだけど、
心で感じて拍手したりリズムをとったりしていないし・・・


運動会の時も「よ~い!ドン!」のピストルが鳴っても、
周りが走るのを確認してから走るのでいつもビリから数えた方が早い。



いつもビリにはならないから努力はしているんだろうけど、
昔から競争することが嫌いな子ので真ん中より少し下に落ち着く。



この適当なバランス感覚が社会では憎めない奴と可愛がれるんだと思う。




一方私は競争をしたらどうせ最下位だからと決めているんだけど、
いつの間にか周りが自分を前に押し出していて、
自分が「あれっ?どうしたの?」と思う事が多いよ。



いつの日かソニーのαミラーレスの体験会に行って、
記念にみんなで記念写真を撮ることになったんだけど、
女性の中では背の高い方に入るので、
後ろにいたんだけどFacebookにシェアされた写真を観たら、
私が最前列のど真ん中に映っているわ、
持っているデジカメの真っ赤なケースが恥ずかしいくらい目立つし、
持っていたデジカメはライバルのキャノンなのにだよっ!



他の人はしっかりとSONYのミラーレスを持っていて、
カメラ操作に詳しそうと思っていたら、
ただ初期設定を説明できる程度の先生で、
参加者もミラーレスを買ったばかりなのか質問も出なかった。


私がI「SOの設定は3600が精いっぱいなのですが大丈夫ですか?」と聞いたら、
先生は「大丈夫だと思います」としか答えられなかったし・・・


会費500円払ったのに撮影体験会では自分の好きな場所に行って、
こう撮りたいというのができずすごく不満でしたが、
参加者とのカメラトークに華を咲かせて買うならSONYのαだなと思ったのでした。



でもいざαを買って使ってみると、
充電用のUSBジャックはすぐに破損すした。


キャノンのデジカメを長い事使ってきたけど、
デジカメでさえもこういうことはまず考えられなかったのに・・・


バッテリーはキャノンのデジカメより短いし。



と思いながらも長く使いたかったので、
タムロンのレンズの中古で21000円で、
わりかし状態のいいのを適応しているか確認して買ったけど、
Cannonのレンズを買っていたのでキタムラでどうセットしたらいいか、
確認してもらったんだけど機種には適合しないことがわかり、
適合させるにはアダプター?を買わないといけないですと言われたよ。



そこでタムロン本社に問い合わせたらこれがいいですと教えてもらったんだけど、
レンズより高いのでやめたよ。


それにアダプターを付けると動く時被写体を撮る時に、
ブレさせない機能が効かないので、
静止画だけを撮る人以外は使わない方がいいと、
αユーザーの写真グループの人に教えてもらいました。


結局次買うならCannonのミラーレスだなっ!



そういえばこの少し後にCannonが一眼レフを廃止し、
ミラーレスを本格的に製造することを発表したっけ。


OH!神~!



さすがカメラ業界の王道Cannon!